雨が降っていた。ユウは部屋に一人だった。窓を開ける。雨の音が部屋の中に入ってくる。それと共に、あの雨の日の独特の匂いも。
(この匂い・・・)
その微かな匂いに少し不安を感じる。パラレルワールドに移動するときにわずかに感じる匂いと同じだった。その場で動きを止めて少し身構える。が、雨の匂いは消えていく。
(まだ、大丈夫なのかな)
ほっと溜め息を吐く。そのタイミングでインターホンが鳴る。出なくても分かる。孝典だ。今日もこうして孝典はやってくる。ユウとセックスをするために。

ユウがドアを開く、何も言わずに孝典が入ってくる。そして、ユウに抱き付く。
ユウはその体を受け止める。今のユウより数センチ低い体。この世界の自分自身。孝典が顔を上げてユウを見る。ユウはその顔に顔を寄せる。孝典が目を瞑る。唇が触れる。いったん顔を引く。すると、今度は孝典が唇を押し付けてくる。孝典の舌が入ってくる。
(こんなに積極的じゃなかったのにな)
そう思いながら、ユウはその舌を吸い、お返しに孝典の口の中に舌を差し入れる。
「ふぐっ」
孝典の鼻が鳴る。孝典の腕が、ユウの背中を抱き締める。ユウはその手を払い落とす。そして、孝典の頭を押し下げる。孝典はユウの前に跪く。ユウの股間に顔を寄せる。
「まだだよ」
ユウがそう言うと、孝典はチラリとユウを見上げる。ユウは何も言わずに腕を組む。孝典が少し後退り、ユウの前に頭を下げる。
「よろしくお願いします」
頭を床に擦りつけながら言う。そして、その姿勢のまま、上半身の服を脱ぐ。
「顔を上げろ」
孝典が顔を上げると、ユウのズボンの股間から、勃起したユウのペニスが出ている。孝典はそれに顔を近づけ、口を開く。
「まだだ」
また孝典はユウを見上げる。そして、立ち上がる。ズボンのベルトを外し、それを脱ぎ去る。ソックスとパンツも脱ぎ、ユウの前で全裸になる。そして、ユウの前に跪く。また頭を下げる。
「よろしくお願いします」
そのまま次の命令を待つ。が、ユウは何も言わない。しばらくして、孝典は顔を上げた。すると、ユウは顎で部屋の隅を指す。孝典は全裸のまま、部屋の隅に這っていく。そこに置かれたカバンから、ロープとローションを取りだし、それを持ってユウの元に戻った。もう一度、頭を下げた。
「よろしくお願いします」
孝典の頭が押される。ユウの足が孝典の頭を踏んでいる。その足に押され、孝典は頭を床に押し付ける。孝典の頭からユウの足が下ろされる。
「舐めろ」
その右足を孝典の顔に寄せる。孝典は這いつくばり、ユウの足をソックスの上から舐め始める。
「口で脱がせろ」
孝典の上から命令が降ってくる。孝典はユウのソックスの端を咥え、それを少しずつ脱がせる。露わになったユウの足にキスをする。ユウが少し足先を持ち上げる。孝典はその親指を口に含む。舌を親指と人差し指の間に這わせる。そうやって足の指、指と指の間を丁寧に舐めていく。
「顔上げろ」
孝典が体を起こし、跪いたままユウを見上げる。ユウはズボンとボクブリを脱ぐ。そのまま、ペニスと玉を上に持ち上げる。
「舐めろ」
孝典は膝立ちになり、ユウの左足の付け根と玉の間に舌を這わせる。右足の方も同じようにする。
「ほら」
今度は左足を少し持ち上げた。孝典は再び這いつくばり、その足指を舐め始める。
「すっかりこういうのが好きになったな」
孝典は足指を口に含みながら頷く。
「僕のせいだけどな」
そうだ。ユウは、結局孝典のM性を目覚めさせ、火を点けた。それが孝典を危険にさらすことが分かっていながら、それでもその自分の・・・ユウの、孝典の本性を抑えることが出来なかった。二人が一緒にいる限り、こうなることは必然だった。
「縛って下さい」
ユウの足指を舐めながら、孝典は懇願した。ふふっとユウが笑う。
「お前はホントにMだな」
また孝典が指を舐めながら頷く。
「仰向けに寝ろ」
そして、ユウは仰向けになった孝典の顔の上に座る。
「手は頭の上」
それに従って、手を頭の上に伸ばす。それと同時に、孝典は舌をユウのアナルに伸ばす。そこを舌先で円を描くように舐める。孝典の腕が、ゆっくりと縛られていく。その最中、孝典の舌はユウのアナルを丹念に舐め回す。時にはその奧に差し込むように、あるいはその襞を押し開き、そこに舌を這わせる。
腕が縛られた後も、ユウはしばらく孝典の顔の上に座っていた。もちろん、その間は孝典はユウのアナルを舐め続ける。
「じゃ、立て」
ユウが孝典の顔から下りる。孝典は立ち上がる。その首にロープが掛けられる。ロープは孝典の体を這っていく。胸、腹、背中、太もも・・・そして、孝典の自由が奪われる。ただ、ペニスだけが別の生き物のようにビクビクと揺れ、その先端から雫を垂らしていた。
「ほら、しゃがめ」
ユウが孝典の頭を押さえ付ける。縛られたままの孝典が、床に跪く。
「ほら」
孝典の前に腰を突き出す。ユウのペニスが目の前にある。孝典はそれに顔を寄せる。頬ずりするように顔を動かす。ユウのペニスから溢れる先走りが、孝典の顔に広がる。孝典が口を開く。
「まだだ」
ユウが言い、腰を引く。孝典はまた、ユウのペニスに顔を擦りつける。孝典のペニスも勃起し、先走りがトロトロと溢れている。そんな孝典のペニスをユウが踏みつける。
「うぅ」
少し前屈みになる。ユウがその足に体重を掛ける。
「ほら、咥えていいぞ」
しかし、ペニスを踏みつけられたままの孝典は、体を起こすことができない。
「ほら、しゃぶれ」
ユウの命令に従おうとする。が、踏みつけられ、更に硬さを増したペニスが痛む。
「早くしろよ」
かろうじて顔を上げ、ユウを見る。ユウが少し首を傾げる。
「痛くて・・・無理です」
ふっと孝典のペニスを踏みつける足の力が抜けた。孝典は少し腰を上げてユウのペニスに顔を近づけようとした。その時、ユウの足が再び孝典を踏みつけた。
「うぐっ」
固く勃起したペニスに、まるで折れるような痛みを感じた。ユウが頭上で縛られている孝典の腕を掴み、体を引き上げる。ペニスの痛みが増す。そのまま、ユウは無理矢理、孝典にペニスを咥えさせる。
「お前は痛い方が感じるんだろ?」
孝典に咥えさせ、腰を揺さぶる。その動きに合わせて孝典のペニスが痛む。さらに、ユウは孝典のペニスを踏みにじるように足を動かす。
「ううう・・・」
孝典が呻く。ユウが足を浮かせた。ペニスが自由になる。
「痛いのに、こんなになって」
ユウが床を撫でるように足を動かす。その部分は、孝典の先走りで滑っている。
「本当に、お前は」
足をペニスの下に差し入れる。そして、体重を掛けた。
「うぐあぁ」
孝典の睾丸が踏みつけられる。そこにユウの体重が掛かる。
「潰されたいんだろ?」
孝典は首を左右に振る。孝典の睾丸を踏みつける力が強くなる。
「潰されたいよね?」
それでも孝典は首を左右に振った。この痛みのなかでも孝典は勃起し続けている。もし、睾丸が潰れたら、その時の痛みは・・・気持ち良さはきっと・・・・・
「あっ」
孝典は、睾丸を踏みつけられながら、そう思っただけで射精してしまった。
「おいおい」
ユウが声を上げ、足をどけた。
「す、すみません」
孝典の股間に大量の精液が飛び散っている。ユウが孝典の頭を押し下げる。孝典は、床に飛び散った自らの精液を舐め始めた。


「ずっとこうしていられるのかな・・・」
ユウの横で孝典が呟く。そのアナルの奧はユウの精液に満たされている。その満足感、そして、いつか来るこの時間の終わり。そんな孝典の呟きはユウの不安を煽る。
(結局、しっかりMに目覚めさせちゃったな)
傍らの孝典の頭を撫でる。
(でも、もう、たぶん)
ユウは体を起こした。
(もう一度、ちゃんと言っておかないと)
そして、心を決める。
「さっき、雨の匂いがした」
ユウは真面目な顔で切り出した。
「雨の匂い?」
「そう、あの雨が降り始めたときの独特の匂い」
孝典が窓の方を見る。
「雨、降ってるからね」
孝典も同じように体を起こした。二人は見つめ合う。
「別のパラレルワールドに行くとき、あの雨の匂いがするんだ」
「えっ」
ユウは立ち上がり、窓に近づく。
「今日の匂いは、ほんとの雨の匂いだった。でも、もうずいぶん長くここにいる。今までこんなに長く、一つのパラレルワールドにいたことはない」
孝典も立ち上がり、全裸で窓から外を眺めているユウの背中に抱き付いた。
「もうすぐ、お別れってこと?」
「たぶんね」
ユウを抱き締める孝典の腕に力がこもる。
「いつ?」
「それは分からない。まだ先なのかもしれないけど・・・」
ユウが振り向く。
「このまま、雨の匂いが消えなかったら、ひょっとしたら・・・」
ユウが孝典を抱き締めた。
「そうなったら、君は一人だ。今までのように、僕が君の性欲を満たしてあげることは出来なくなる。そうなったら・・・」
軽くキスを交わす。
「誰か好きな人はいる?」
唐突にユウが尋ねた。
「ユウが好きだよ」
「僕以外に」
孝典は黙り込む。そういうことを聞かれていたのは分かっている。でも、今、ユウ以外の人は考えられない。
「いないよ」
ユウが孝典の肩に両手を置いた。
「僕が、まだ君の世界にいる間に、誰か、僕以外の相手を見つけられるといいんだけど」
顔を見ながら話し続ける。
「僕以外の、好きになれる人でも、セックスフレンドでもいい。信頼できて、君の性欲を満たしてくれる相手を見つけて欲しいんだ」
「そんなこと言ったって・・・」
「僕はいずれ君の世界からいなくなる。確実にね。そうなったら、君はどうする?」
孝典は考えた。もし、今、ユウがいなくなったら・・・毎日セックスしていたのが出来なくなる。そうなったら、と思うだけで体が疼く。
「誰でもいいからSMしたくなるんじゃない?」
「たぶん・・・」
そうだろう。恐らく、間違いない。
「あの夢みたいなことになる前に、誰か、信頼できる相手を見つけて欲しいんだよ」
それは孝典にとっては、まるで恋人に自分以外の恋人を見つけろ、と言われているようなものだ。
「そんなこと言われても・・・」
すっとユウが離れる。そして、孝典の服を拾い上げ、それを差し出す。
「僕はいなくなる。それは間違いない。だから、ちゃんと考えて欲しいんだ」
孝典は頷いた。が、全てを理解した訳ではないことを、ユウは分かっていた。

頭では分かっている。ユウは別の世界の人だ。そして、いずれはまた別の世界に行ってしまう。いっそ、孝典もユウと一緒に別の世界に行ってしまいたいと思った。が、それは無理な話だ。ユウ自身ですら、いつ、何がきっかけで別の世界に移動するのか分かっていない。そして、その先の世界がどんな世界なのかも分からない。ここと近い世界なのか、それとも複雑に絡み合ったパラレルワールドの、たまたま近くにあった、全然違う世界なのかも分からない。
孝典は、一緒に行けないか、ユウに尋ねてみた。しかし、ユウは悲しい笑顔で言った。
「それができるのかどうか、僕は分からない」
(そうだろうな)
孝典は思う。
「それに・・・僕はその世界の自分自身とこうして会うことができるけど、それって本当はおかしいんじゃないかとも思う」
「どういうこと?」
パンツを履く手を止めた。
「本来は、その世界に存在できる僕は一人だけなんじゃないかって」
「でも、僕もユウもここにいる」
「そう。だからおかしいんだよ。この世界は僕一人分、他の世界より増えてるんだ。だから、神様か何かがその辻褄を合わせるために僕はパラレルワールドを移動させられ続けてるんじゃないかってね」
孝典は真剣な表情でユウを見ていた。今の世界とほとんど同じ、でも違う世界に何度も何度も移動させられる。その辛さはどんなものなんだろう。ユウが考え込んでいる孝典を見ている。そして、続けた。
「そんなことに君を巻き込みたくない」
親や、学校の友達の顔が思い浮かんだ。奥本君の顔も。
「まだ雨の匂い、してる?」
「少し・・・ずっとしてる」
孝典は窓の外を見る。青空が広がっている。
「たぶん、もう、時間はないよ」
孝典は涙が出そうになるのをこらえた。

そして数日後・・・ユウはいなくなった。



「最近、なんかあった?」
孝典の顔を奥本君が覗き込む。
「別に」
孝典は短く答えた。奥本君はそれ以上何も言わずに、孝典の横に並んだ。
「じゃあ」
二人の帰り道の分岐点、そこで奥本君はいつものように孝典に声をかけた。しかし、孝典は何も言わずに歩き去っていく。その背中を奥本君が心配そうに見つめていることにも気付かずに。

      


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