僕はサンタクロースを信じてる。
中学生にもなってサンタクロースを信じてるって言うと、大抵馬鹿にされる。お子ちゃまかよ、なんて言われたりする。
でも、僕はサンタクロースを信じてる。
もちろん、クリスマスに僕が寝ている間に枕元にプレゼントを置くのは、サンタクロースじゃなくて僕の親だってことは知っている。そんなことは常識だ。
だからといって、サンタクロースがいない、ということじゃない。
サンタクロースは伝説の存在だ、サンタクロースなんていないって決めつけるのは、会ったことがないからってナポレオンなんて存在しないっていうのと同じだ。会ったことがなくても存在してた人はいっぱいいる。それと同じだ。
でも、サンタクロースが12月25日に世界中の子供にプレゼントを配るってのは流石に信じていない。だって、現実的に考えてそれは不可能だからだ。今、世界の人口は78億人くらい。そのうち、子供は21億人くらいいるらしい。その21億人にたった1日で、いや、そこはかなり譲って12月の一ヶ月間でプレゼントを届けるとしても、一人当たり0.0013秒くらい。1000人で1秒ちょっとだ。そんなの無理に決まってる。だから、世界中の子供にってのは作り話だ。そうに決まってる。
でも、サンタクロースは存在する。じゃないと、こんな伝説が世界中に広まる訳がない。それが僕の結論だ。
ちなみに僕もサンタだ。
いや、サンタクロースってことじゃなくて、僕の名前が三田三太だからだ。
冗談みたいな名前だけど、そう親が名付けたんだから仕方がない。それに、僕自身はこの名前は気に入ってる。だって、あの伝説の人と同じような名前なんだから。サンタクロースは世界的に有名で、どの時代でも有名人だ。そんな人と同じような名前なんだから、僕はそれを誇りにしている。
もっとも、親が僕を三太って名付けたのはサンタクロースにちなんでじゃない。なんだか、芸術家?とかに由来しているらしい。よくは知らないけど。でも、三太なんだからサンタクロースでいいと僕は思っている。世界中の人に夢を与える人。最高だと思ってる。
そんな僕が、まさかこんなことになるなんて、思いもしなかった。
そう、僕は選ばれたんだ、サンタクロースの代理人に。
「ああ、ちょっと、そこのあなた」
ある日、学校の帰り道で、突然そいつは僕に声を掛けてきた。
金髪で、背は僕よりは大きい。見た目は美少年っぽい。妙にいい服・・・タキシードとかって奴を着ていて、きれいな身なりをしている。そんなやつが流暢な日本語で突然僕に声を掛けてきた。
「そこのあなた。あなたはサンタクロースを信じてますか?」
(怪しい)
僕は賢いから、すぐにこいつは怪しい奴だと見抜いたんだ。
「あなた、信じてますよね、サンタクロース」
確かにサンタクロースは信じている。でも、きっとこいつが言っているサンタクロースは僕が信じてるサンタクロースじゃない。なんだか新興宗教とかってやつで、うっかり「はい、信じてます」なんて言ったらどこかに連れて行かれて、いろいろ話聞かされて洗脳されて、財産全部寄付させられて・・・財産なんてないけど・・・そして、知らない人と結婚させられたりするんだ。僕はそういうことも知っている。
だから、無視して通り過ぎようとした。
「あなた、信じてますよね?」
そいつは僕の後からついてきた。他にもいろんな奴が歩いてるんだから、他の奴を勧誘すればいいのに、なんで僕についてくるんだろう。
「ちょっと待ってください。信じてますよね?」
そうやってずっとついてくる。しつこい。このまま家まで帰ったら、家の場所を知られたら、きっと面倒なことになる。僕は回り道をすることにした。
「信じてますよね?」
そいつはそればかり言いながら僕についてくる。途中、僕は道を曲がる。曲がった瞬間、ダッシュした。その辺りは小さい道がたくさんあって、入り組んでて、こいつをまくにはちょうどいい。とにかく走って、曲がり角を曲がって、小さい道に入って大きい道に出て、また小さい道に入る。あの声はもう聞こえない。
(よし、どうだ)
走るのを止めた。
「信じてますよね?」
その途端、僕のすぐ後ろであの声がした。思わず僕は振り向いてしまった。
「あなた、サンタクロース信じてますよね、三田三太さん」
そいつはにっこり笑ってそう言った。確かに、僕の名前を言ったんだ。
「な、誰だよ、お前」
思わず反応してしまった。こういうときは無視するのがいいんだろうけど、名前まで知ってるということは、僕のことを知ってるか、調べたか、何か目的があるのか・・・とにかくこのままじゃヤバい。そう思った。
「私は、サンタクロースの使いの者です」
にこやかにそう言った。
(絶対怪しい)
と思った。
「今、絶対怪しいって思いましたね?」
そいつが言った。
(は? なんで)
「今、は、なんでって思いましたね?」
頭の中がパニックになる。
(こいつ、僕が考えてること、分かるんだろうか・・・ひょっとして、超能力者?)
「違いま〜す」
また笑顔で言った。僕の体が勝手に反応した。僕は全力でダッシュした。そして、一目散に家に逃げ帰った。
「あら、どうしたの?」
家に帰るなり、階段を駆け上った。そんな僕の背中にお母さんが言った。
「誰か来ても絶対に入れないで」
僕はそう叫ぶ。自分の部屋に入ってドアを閉めた。ドアにもたれて荒い息を吐く。
(なんなんだ、あいつは)
目を瞑る。
「遅かったですね」
声がした。
「あなたはサンタクロースを信じてますよね?」
目を開く。僕のすぐ横にあいつがいた。僕は思わず後退り、尻餅をついた。
「信じてますよね?」
ドアに飛びつく。開きながら大声で叫ぶ。
「お母さん、警察呼ん・・・」
ドアの外には何もなかった。ただ、真っ暗な闇があるだけだった。
「外に出るのは危険ですよ」
あいつが言った。
「そこはなにもありません。右も左も、上も下も、時間も。だから、叫んでも誰にも聞こえません」
「お、お母さんをどうしたんだ」
そいつに向かって叫んだ。
「いえ、この部屋を別の世界に飛ばしただけです。お母さんは元の世界でいつも通りですよ」
「別の・・・世界って・・・」
ゆっくりとドアから離れた。
「そうですね、別の次元、と言った方が分かりやすいですか?」
ドアがひとりでに閉まった。
「あなた、サンタクロースを信じていますよね?」
そいつがまた尋ねた。
「なんなんだよ、さっきから」
僕は床に座り込んだ。
「ですから、あなたはサンタクロースを信じていますよね、その確認をしたいだけです」
そのために、僕を下校途中で待ち伏せて、どうやってかは知らないけど家にまで上がり込んで、この部屋を違う次元に飛ばした、とでも言うんだろうか。でも、部屋の外には何もなかった。それはさっきこの目で見た。錯覚とかじゃない。
でも、もう一度、恐る恐る、今度はゆっくりと、ほんの少しだけドアを開いてみた。やはり外には何もない。
「分かりましたか?」
ドアを閉める。そいつに向き合う。
「信じてるよ」
小さくそうつぶやいた。
「でも、だからなんなんだよ」
少し声が大きくなる。
「だから、追いかけられて、部屋を異次元に飛ばされて、僕は一生このまま」
そこまで言って、はっとした。
「もう、僕は帰れないって言うのかよ!」
そいつの胸ぐらを掴んでいた。
「誰がそんなこと言いました?」
そいつは簡単に僕の手を払った。そして、ドアを開く。
「えっ」
外にはどこかの風景が広がっていた。雪景色の森のようなところ。その中に小さな家がぽつんと建っていた。
「さあ、どうぞ」
そいつが身振りで僕に部屋から出るように促す。訳が分からない。でも、体が勝手に動く。部屋から一歩外に出る。と、そこは完全にどこか別のところだった。振り返っても僕の部屋のドアはない。ただ、どこかの田舎の町みたいなところだった。
「サンタランドへようこそ、三田三太さん」
そいつが言った。
そいつについて歩く。雪道だったけど、寒さは感じない。小さな家に入っていく。中は意外に広い。外から見たのとはまるで違う。なんだか僕の頭がバグってるみたいだ。
「Ho−Ho−Ho!」
大きな声がした。誰かが広い部屋の真ん中にいる。大きなベッドのような物の上に横たわって僕を見ている。老人・・・いや、違うかもしれない。若いのかもしれない。さっきと同じように僕の頭がバグってる。その人は赤ら顔で白い髭を生やしている。大きな体。そのほとんどは毛布のような物で覆われている。
そう、僕はこの人を知っている。
この人は、サンタクロースだ。
「Ho−Ho−Ho!」
その人が笑った。
「ルドルフ、ご苦労だったね」
「はい」
僕を連れて来たあいつに声を掛けた。
(あいつ、ルドルフっていうんだ)
すると、急に頭の中であのクリスマスソングが鳴りだした。
(え、ルドルフって、トナカイの名前では・・・)
「そう、彼はトナカイじゃよ」
サンタクロースが僕に向かって言った。
「正しくは、その時には、彼等はトナカイになって、私の橇を引いてくれるんじゃ」
「くそ重たいけどね」
誰かの声がした。声の方を振り向くと、少年が並んで立っている。
「いや、すまんね、下品な子らで」
並んでいる少年は全部で8人。ってことは、彼等が8頭のトナカイってことなんだろうか。
「三田三太さん。あなたに来ていただいたのは、お願いがあるからです」
あの少年、ルドルフがサンタクロースの横に立って言った。
「今年は事情があってサンタクロースがプレゼントを配ることが出来なくなりました」
「ぎっくり腰だもんね」
小さな声が聞こえる。ルドルフの口が「だまれ」と動く。
「ですから、サンタクロースは代わりにプレゼントを配ってくれる、サンタクロース代理人を探しているのです」
なんとなく話が読めてきた。だから、しつこくサンタクロースを信じているか聞いてきたんだ。
「は、その通りです。サンタクロースを信じてくださる方にしか、代理人はお願い出来ません」
やはり、ルドルフは僕の心を読めるようだ。
「あなたはサンタクロースの存在を信じてくださっています。ですから、ぜひ、あなたにサンタクロースの代理人をお願いしたいのです」
話は分かった。いや、分からないけど、僕が呼ばれた理由と言いたいことは分かった。でも、僕はサンタクロースは信じているけど、一晩で世界中の子供にプレゼントを配るというのは信じていない。
「Ho−Ho−Ho!」
サンタクロースが笑った。
「サンタクロースは何人いるか、知っているかね?」
サンタクロースが僕に尋ねた。
「え、サンタクロースは一人じゃないんですか?」
「Ho−Ho−Ho! 半分正解、半分不正解じゃ」
サンタクロースが笑う。
「確かにサンタクロースはわし一人じゃ。だが、わしの分身は世界中にたくさんいる。だから、世界中の子供達にクリスマスの日にプレゼントを配ることが出来るんじゃ」
「なにあの口調」
また誰かの声。一瞬、ルドルフの顔が怖くなった。
「じゃあ、代理人なんていなくても・・・」
「そうもいかんのじゃ。わし本体がこんな有様だから、わしの分身も思う様に動けんのじゃ」
「三田三太さん、あなたにお願いしたいのは、あなたの周りの数人の子供達の分だけです。あなたと同じように、他にもたくさんサンタクロースの代理人を手配しているところです」
ルドルフが言った。
「世界中の子供達の夢を繋ぐため、お手伝いしていただけませんか?」
そう言われると断りづらい。
「そう。世界中の子供達が、三太さんを待っているのです」
なんだか言いくるめられているような気がする。でも・・・
「でも、数人って言われても、それでも一日で配るのは難しいんじゃ・・・」
「大丈夫」
サンタクロースが言った。
「まず、この袋」
ベッドの枕元にあった白い袋を取り上げ、ルドルフに渡した。
「この袋、普段はこのように空っぽでとても軽いのです」
ルドルフが袋を裏返して見せた。
「でも、子供達の前に行けば、その時、その子が本当に欲しい物、あるいはその子に本当に必要な物がこの袋の中に現れるのです」
(ふーん・・・でも)
「そして、相手の子供がプレゼントを受け取って、それに満足すれば、自動的に次にプレゼントを渡す相手のいる場所に瞬間移動出来るのです」
「ええっ」
まさか瞬間移動出来るなんて思いもしなかった。でも、ルドルフは僕より先に僕の部屋にいたし、僕の部屋を異次元に飛ばしたりもした。そういうことが、一日で世界中の子供達にプレゼントを配ることが出来る秘密ってことなんだろうか。
「そうです。だから、思いのほか簡単に出来るのです」
理解は出来ていないけど、なんとなくそうなのか、とは思った。
「どうじゃ、引き受けてくれるかい?」
サンタクロースが僕を見つめる。
「三田三太君。わしを助けてはくれんだろうか」
あのサンタクロースに僕は頼まれているんだ。断れる筈がなかった。
「分かりました」
「Ho−Ho−Ho!」
サンタクロースの笑い声が響いた。
「なにかあった時は、このルドルフが君をサポートするからのう」
あの少年、ルドルフが僕にぺこりと頭を下げた。
「Ho−Ho−Ho!」
サンタクロースの笑い声が僕の頭に響いた。
気が付くと、僕は僕の部屋のベッドに横になっていた。
(夢?)
いや、違う。僕は白い袋を握っていた。枕元には赤い服が畳まれて置かれていた。慌てて飛び起きて、部屋のドアを開いて外を見た。ちゃんと見慣れた廊下があった。
「ふぅ」
ドアを締めて、もたれ掛かる。
(夢じゃない。本当のことだったんだ)
ベッドに戻る。白い袋を手にする。軽い。中に手を入れる。何も入っていない。ルドルフが言っていたことを思い出す。
(その時、その子が本当に欲しい物か、本当に必要な物が現れるんだっけ)
袋を畳んで赤い服と一緒に置く。
(僕がサンタクロースの代理人)
何となく、誇らしい気分になる。
(僕が、サンタに・・・)
少しだけ、ワクワクした。
「なに、あのくそ芝居」
三太少年が消えた後、ヴィクが言った。
「アナルセックスしまくってたくせに、エロ親父が」
プランサーも言う。
「要するに、サボりたいんじゃないの?」
「まあまあ。ぎっくり腰ってのは事実だし」
「セックスしまくったからでしょ? 自業自得だよ」
少年達は動けないでいるサンタクロースの横で口々に言っている。
「しかも、ちょっとかわいかったし」
「そうそう。単に自分の好みの男の子を釣っただけでしょ」
「お前等なぁ」
サンタクロースが顔だけを彼等に向ける。
「腰治ったらガバガバになるまでケツ掘ってやるからな、覚悟しとけ」
誰かがふん、と鼻を鳴らした。
「出たよ、このエロ親父」
「三太君も、サンタクロースが本当はこんなエロ親父だって知ったら幻滅するよな」
「かわいそうにね、三太君。代理人が終わったあとは、きっと・・・」
「ま、それは・・・その分、僕等が少し楽になるかもしれないし」
「まあ、それはそうだけど・・・」
彼等の愚痴は尽きることがなかった。 |