3.初仕事

クリスマスイブ。
(みんな、きっとクリスマスパーティとかやってるんだろうな)
でも、僕には関係ない。そう自分の部屋のベッドの上で考える。
(どうせ僕なんて、友達いないし、誰も僕のことなんて気にしてないし)
一人、スマホを触っている。と、メールが来た。通知をタップする。ただのポイントの通知メールだった。
(誰も、僕を誘ったりはしないよな)
時間を見る。もう7時過ぎ。きっと、パーティするならもうとっくに始めてるだろう。
そう、僕は誰からも相手にされない。といってイジメられてるという訳でもない。
僕には何の取り柄もなかった。勉強が出来る訳でもない。そして、全然出来ない訳でもない。テストの順位はいつも真ん中くらい。だから目立たない。
運動は苦手だ。でも、全然出来なければそれはそれで目立つけど、一応、最低限くらいのことは出来る。だから目立たない。クラスでチーム分けしても、誰も僕をチームに欲しがらないし、かといって入れたがらない訳でもない。
だから、僕は空気みたいなものだ。でも、酸素じゃない。必要とされてないんだから。
それが僕だ。

それでいいと思ってる訳じゃない。僕だって、みんなと仲良くしたいし、みんなに好かれたいし、何かあったら声を掛けられたいし、誕生日にはおめでとうって言ってもらいたい。
でも、今の僕、何の取り柄もない僕では・・・

ふと視線を感じた。横を見る。ベッドと部屋のドアの間くらいに、それがいた。
「ひっ」
僕はパニクった。確か、部屋の鍵は掛けた筈。もちろん窓も閉まってる。なんで、そこに人がいるのか。
幽霊かと思った。
「ひぃぃ」
スマホを投げ出して、ベッドの上で後退る。
「待って。怪しいもんじゃないから」
それでも僕はベッドの隅で体を小さくして、そいつの方を見ていた。でも、目は合わさない。だって、幽霊だったら目が合ったら呪われるかもしれないし。
「あの、僕・・・」
そいつが少し顔を伏せた。
「サンタだから」
「え?」
「だから・・・サンタクロース。君、奏汰君だよね?」
確かに赤い服を着ている。でも、その顔には髭はない。いや、それどころか・・・
「だ、誰?」
子供だ。僕と同じくらいの子供だ。
「あ、いや、その・・・信じられないよね」
そいつはそこに突っ立ったまま僕を見下ろしている。
「け、警察・・・」
僕はスマホを探した。
「ま、待って、ほんとだって」
ベッドの上を探す。隅にスマホが転がっているのが見える。それに手を伸ばす。
「待ってって」
そいつがベッドに上がってスマホに伸ばした僕の手を掴んだ。
「ひぃぃ」
僕は慌てて手を引っ込める。体が震える。呪われる・・・
「なんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶ・・・」
僕は思わずお経・・・みたいなのを唱え始めた。
「だから、違うって」
そいつがベッドの上に正座した。僕は壁に背中を付けて、頭を下げる。その頭の上で両手を合わせた。
「た、助けて・・・殺さないで・・・」
「だから・・・幽霊でも強盗でもないって」
そいつが僕の手を握った。
「もう・・・サンタだって言ってるじゃん」
それでも僕は頭を上げられない。
「はぁぁ」
そいつが溜め息を吐いて、僕の手を離した。
「だよなぁ・・・普通、信じないし、そもそもサンタクロースなんて信じてる方がおかしいよな」
何か言っている。
「考えてみりゃ、煙突から勝手に入るんだから、違法進入とかってやつだし」
(不法侵入だろ)
僕は心の中で突っ込みを入れた。
「そもそも煙突なんて今時どこにもないし、っていうか、どうやって入ったのか、僕にも分からないし」
(そうだ、こいつは・・・)
「どうやって入ってきたんだよ」
頭を下げたまま尋ねる。
「いや、だから、分かんないよ。ただ、気が付いたらここにいたって感じ」
「はあ?」
頭を上げた。目が合ってしまった。
「ひ、ご、ごめんなさいごめんなさい」
顔を伏せ、また頭を下げる。
「だ〜か〜ら〜」
そいつが僕の首に手を掛けた。
「ひいぃぃぃ」
そのまま体を起こされた。
「違うんだって」
そいつの顔を見ないように僕は目を瞑る。
「ああ、もう、いいや」
ベッドが少し揺れる。そいつが立ち上がったみたいだ。
「ったく、そりゃこうなるって。今時サンタクロースなんていう方がおかしいし、普通、こんな格好したのが突然現れたらビビるか怒るか警察呼ぶかでしょ、ったく」
なんだかぶつぶつ言っている。
「しかも、突然サンタランドとかに呼ばれて代理で配れとか言われたって、訳分かんないし、こういうときどうすりゃいいのかも知らないし、ほんっと、勝手なんだから」
僕の肩に手を置いた。僕の体がびくっと動く。
「ああ、ごめん。でも、君もそう思わない?」
(なんだ、こいつは)
少しだけ上目遣いで、そいつの方を見ていることがバレない程度にそいつを見た。いつのまにか、僕の部屋の床にあぐらをかいて座っている。
「ほんっと、ふざけんなって感じだよね」
子供だ。僕と同じくらいの子供。それは間違いなさそうだ。でも、なんだかその様子と態度がおっさんくさい。あぐらをかいた体の前に一升瓶でも置いてあったら、漫画に出て来るおっさんそのものだった。それを想像したら、少し笑ってしまった。そいつが僕を見た。
「君もそう思うだろ?」
「おっさんか」
僕は思わず突っ込んだ。
「え?」
そいつと目が合った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
また頭を下げ、手を合わせる。
「いや、もう、いいからさぁ、そういうの」
そいつは溜め息を吐いた。
「ああ、もう、やんなっちゃう」
チラリと盗み見る。あぐらをかいたまま、今は後ろで手をついていた。
(ほんと、おっさんみたい)
「あ〜あ」
そいつが今度は大げさに溜め息を吐いた。
「おっさんじゃん」
小さな声で言う。
「え、なんか言った?」
「まるでお酒飲みながら愚痴ってるおっさんじゃん」
いつのまにか、怖いと思わなくなっていた。ようやく顔を上げて、ちゃんとそいつのことを見た。赤い服。白いふわふわした縁取りみたいなのが付いている。帽子もそんな感じ。服装だけ見れば、いかにもサンタクロースっぽい。けど、子供だ。おっさんくさいけど子供だ。
「いくつ?」
そう尋ねた。
「え、なにが?」
「年だよ。年齢」
「ああ、13」
僕より一つ上だった。
「それでサンタって・・・無理でしょ」
サンタクロースってのは、年寄りで、太ってて、体が大きくて・・・そんなイメージだったと思う。でも、今目の前にいる自称サンタクロースのおっさんくさいやつは、13才で、太ってなくて、体は僕と同じくらい。
「でしょ? 無理だって言ってんのに、あのおっさんは」
そう言っている間に、そっと手を伸ばしてスマホを掴む。
「今出てってくれるなら、警察呼ばないであげる」
一つしか違わないんだから、なんだか警察呼ぶのに少し躊躇した。
「あ、ちょっと待ってよ。一応、これでもサンタなんだからさ」
(そうだ・・・)
「だったら、どうやってこの部屋に入ったのか、説明してよ」
説明出来なかったら警察呼ぼう、そう思った。
「分かんないよ。煙突ないから煙突から入った訳じゃないし、窓とかドアとかから入った訳でもなくて・・・その・・・」
僕の顔を見た。
「気が付いたらここにいた」
「通報する」
僕はそう宣言して、スマホの画面をタップした。
「ああ、待って待って待って」
そいつが手を前に突き出した。
「プレゼント渡すだけ。そしたら、出て行くから」
「出て行くって、どうやって?」
まさか、普通にドアから出て行くつもりだろうか。
「いや、あの、たぶん・・・入ってきた時みたいに、よく分かんないけど・・・その、気が付いたら出てってた、みたいな?」
僕は再びスマホの画面をタップした。
「ああああ、待って、待ってって」
そいつが持っていた白い袋に手を突っ込んだ。
「な、なにするの」
また僕の心に恐怖が湧きあがった。
(きっと、あそこから庖丁かピストルが出てきて、僕は・・・)
ベッドの上で、血塗れで倒れている僕。そんな僕の周りが白いテープみたいなので縁取られてて、警察の人がいて、鑑識って書いた腕章付けてる人がいて、僕のお母さんとお父さんが部屋の隅で泣きながらその様子を見て・・・そんな光景が目に浮かぶ。
「あ、いや、その」
袋から出した手を僕の方に突き出した。
「ひぃぃぃ」
また僕は体を小さくして目を瞑る。
「だからぁ」
何か、僕の顔に風のようなものが当たるのを感じた。恐る恐る目を開く。そいつが、僕の顔のすぐ前で小さな紙のようなもをのひらひらさせていた。
「な、なに、それ」
喉がカラカラになっていた。
「知らない。けどサンタクロースからのプレゼント」
顔を上げた。目が合った。そのまましばらく見つめ合う。
「なんで知らないの?」
「だって、知らないんだもん」
その紙にゆっくりと手を伸ばす。
「その時に、その相手が一番欲しい物とか、一番必要な物なんだって」
もう一度そいつの目を見た。
「そうサンタクロースが言ってた。袋は空なんだけど、相手によってそういう、その時欲しい物とか必要な物が袋の中に現れる、みたいな感じ」
目は真面目だ。別に嘘を言ってるようには見えないし、僕を騙してるふうにも見えない。でも、僕が欲しい物とか僕に必要な物なんて、自分でも思いつかない。
「ほら、早く。受け取ってくれたら、たぶん、僕、消えると思うから」
その紙を掴もうとして、躊躇する。
「大丈夫だって」
また紙をひらひらさせている。その紙を指で摘まんだ。
「なに、これ・・・」
色々書いてある。
「え、ライブ・・・チケット?」
そう書いてあった。日付は明日だ。
「なに、これ」
「知らないよ。でも、それが君が欲しいと思ってる物か、君に必要な物だってことだよ」
そいつが言った。
「たぶん・・・だけど」
付け加えた。
「ライブなんて、見たいとも思ってないんだけど?」
「そんなの、僕に言われても知らない。とりあえず、行ってみたら?」
訳が分からない。突然部屋に現れた、サンタクロースの服を着ている僕より一つ年上のやつ。そいつが袋から取り出したライブチケット。僕が一番欲しいか、僕に一番必要な物だとか言ってる。
「ま、信じるか信じないかは君の勝手だけどね」
そいつが立ち上がった。
「じゃ、たぶん、僕は次のところに行くことになるんだと思うからさ」
僕の目の前で、その姿が薄くなった。次の瞬間、消えていた。
「えっ」
僕は目を瞬かせた。
「まさか・・・夢?」
でも、手にはあのライブチケットがしっかり握られている。
(夢じゃない)
ベッドの上に座って、窓を確かめる。もちろん閉まったままだし、鍵も掛かってる。立ち上がってドアも見る。こっちも鍵が掛かったままだ。
(まさか・・・ほんとに・・・)
ライブチケットを見る。普通にそれはここにある。透かしてみても、普通に普通の紙だ。
(そんなことって)
頭がおかしくなってるのか、それとも本当はこれも夢なのか。でも、信じ始めていることも分かっていた。
(もし、本当なんだったとしたら・・・)
ベッドに寝転がって、もう一度、そのチケットをよく見てみた。
(ホントに本当なんだったら・・・)
既に、僕はそのライブに行ってみる気になっていた。



12月25日、その小さなライブハウスに場違いな少年がいた。
近い将来、日本のロックシーンのトップに君臨することとなるそのバンドの演奏は、当時はまだ荒削りなものだった。が、そのライブの1曲目、最初のギターリフは、少年の心に雷鳴のように轟いた。




KaNaDe 略歴
2022年12月 小さなライブハウスでロックギターと運命的な出会いを果たす。
2023年2月
初めて自分のギターを入手。
2023年10月
学園祭で初めて人前で演奏。
2025年5月
初の路上ライブ。
2026年1月
Broken Toys結成。
2030年10月
Broken Toys メジャーデビュー。
2033年4月
2ndアルバム 「BT2」がオリコンチャートトップ100に初ランクイン。
2033年9月
渋谷でゲリラライブ敢行。
2034年8月
初ドームライブ。チケットは20分で完売。
2035年1月
Broken Toys解散 KaNaDeとしてソロ活動開始。
2036年4月
アメリカのライブハウスにて初海外公演。その様子を動画配信サイトにて配信開始。
2036年11月
アメリカでのライブ動画が世界的ロックバンドM.N.Dの目に留まる。
2038年8月〜
M.N.Dのワールドツアーにサポートメンバーとして同行、アルバム収録にも参加。
2039年12月
アルバム「KaNaDe」発売。アメリカでも同時発売される。
2040年11月
American Music Prizeで「KaNaDe」がフェイバリット・アルバム賞受賞。
2041年3月〜
世界10カ国でワールドツアー敢行。
2043年12月 ローリングストーン誌の「最も偉大なギタリスト100人」に日本人で唯一選出される。

      


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