日曜日の朝、涼君にメールを送った。
『ごめん』
そして、すぐに電源を切った。涼君からの返信を見るのが怖かったから。
待ち合わせ場所の前に、あの黒い車が止まっていた。久夫さんが車の中で待っていた。僕はなにも言わずに助手席に乗り込んだ。
「ちゃんと剃って来たか?」
僕は無言で頷いた。約束だったから・・・
「見せてみろ」
駅前の、それなりに人通りの多い道の端っこに停められた車の中で、僕はズボンとパンツをおろした。久夫さんが僕の股間をなで回す。
「よし。手入れしてないと俺が若頭に怒られちまうからな」
男が車を発進させる。
(あの人・・・若頭なのか・・・)
ぼんやりとそう考えながら、僕はパンツとズボンを引き上げた。
その家は、まるで時代劇に出てくるみたいな白い壁と大きな門の奥にあった。
僕等が乗った車が近づくと、大きな門が静かに開く。車はゆっくりと門を抜けると、少しスピードをあげる。やがて、扉の前で停まった。
そこには数人の男の人が待っていた。車が停まると、その中の一人がドアを開ける。僕は無言のまま、車から降りた。
「ご苦労様です」
久夫さんに、ドアを開けた男が挨拶している。
「若頭がお待ちかねです」
僕は久夫さんと一緒にその家の方に歩く。さっきの門よりはふた回りくらい小さい、でも、普通の家に比べれば十分大きい門の前で、また2人の男が待っている。僕等が近づくと、彼らは門を開く。僕は促されるまま、その奥へと入っていった。
部屋の広さって、何畳分とかって言うけれど、ここはどれくらいになるのかな・・・そんなことをぼんやりと考えてしまうような広い部屋だった。そして、僕と同じような少年が2人いた。二人とも、微妙な距離をあけて不安そうな感じで突っ立っている。きっと、彼らも僕を見て、不安そうにしているって思うんだろうな、そんなことも考えていた。僕等3人を監視するかのように、壁際に一人ずつ男が立っている。一人はさっき車を運転していた久夫さん。もう一人は初めて見るレスラーみたいなでっかい体の男。掲示板で知り合った亮さんはいなかった。
その男達に見つめられながら、僕等3人は、並んで立っていた。僕のすぐ左には、僕より少し年上、中3くらいって感じの子が立っている。ジャニーズ系・・・っていうと、どこがだよってつっこまれそうな感じの、ジャニーズ系になり損ねてだいぶ失敗しちゃったっぽい系な感じ。髪の毛はそんなに長くない。時々、髪型を意識してるのか、髪の毛をかき上げている。その向こうにもう一人。こっちは僕と同い年くらいのどっちかというとイモ系かな。残念ながら僕に近い感じ。僕を含めて3人に共通してるのは、比較的おとなしそうな感じってことかな。
そう、3人とも脅されたら素直に言うことを聞きそうな感じだった。だから、この二人がどういう子なのか、おおよその見当はついた。僕等は、今日、ここでいっしょにやるんだ・・・横目でちらちらと他の二人を見ながら、僕はそう考えていた。
「そろったようだな」
部屋の奥の方にある階段の上から、声が聞こえてきた。聞き覚えのある声、あの入れ墨の太った男、若頭って呼ばれてた人だった。案の定、階段の上からこちらをのぞき見た顔は、あの顔だった。
若頭が階段をゆっくりと降りてくる。その後ろから、亮さんがついてくる。亮さんの後ろには、もう一人、小柄な少年がいた。その少年は全裸だった。まだ毛も生えていない。少年はその部分を隠さずに階段を降りてきた。隠さないんじゃなくて隠せないんだった。両手は背中で縛られていた。その体にはいろんな傷があった。首には首輪、そこにつながっている紐を、亮さんが握って引っ張っていた。
その少年の体の傷を見て、僕の表情がこわばった。あんなことされるのか、そう思ったのは僕だけじゃなかった。横目で見るジャニ系もどきとイモ系も、同じような顔をしていた。
「そんな心配そうな顔をするな」
若頭が言った。
「こいつは特別だからな」
そして、階段を降りて僕たちの方に近づいてきた。僕は無意識に一歩下がった。でも、それ以上は体が動かなかった。
「まぁ、突っ立ったままじゃなんだから、適当に座りなさい」
若頭が言った。でも、僕等3人は誰も動かない。
「久夫、お茶でもいれてやれ」
若頭が久夫さんに言った。久夫さんは部屋から出ていった。
「ほら、座りなさい」
ようやく、ジャニ系もどきが壁際に3つ並べられている椅子に座った。僕とイモ系も、少し遅れて隣の椅子に座った。
「さて、お前ら、今日、ここでなにをするのか、うすうすは分かっていると思うが」
若頭が言った。
「たぶん、それはこれからすることのほんの一部にすぎない」
若頭の言ったことに少しは驚いた。でも、僕たち3人には、あの全裸の少年のことしか目に入っていなかった。本当に体は傷だらけだった。かさぶたになった傷、まだ血がにじんでいる傷、それから、跡になっているけど、そんなに古くはなさそうな傷・・・この少年はいったいいつからこんな風に傷付けられていたんだろう、そして、僕等はこの少年と同じように・・・
「聞いてるか?」
久夫さんが、僕等3人の前にそこには不似合いなほどきれいなティーポットを置いた。そして、慣れた手つきでカップに紅茶を注いでいく。久夫さんの風貌と、その慣れた手つきがなんだかアンバランスだ。
「レモンティーとミルクティー、どっちがいい?」
順番に聞いて、それに併せてレモンかミルクを入れていく。僕以外は二人ともレモンティーだった。僕はミルクティーにした。べつに何か考えてそう答えたわけじゃない。それが飲みたかった訳でもない。僕等3人はそんなことなんか気にしていなかった。
目の前に置かれたカップにたっぷりとミルクが注がれた。紅茶のいい香りがする。それで少しだけ紅茶の方に意識が向いた。他の二人は、まだあの少年を見つめたままだった。僕もそんな二人と同じようにあの少年を見つめる。わき上がる疑問を押さえることができなかった。
「あ、あの・・・」
僕はおそるおそる声をだした。声はかすれていて、ちゃんと若頭に聞こえたかどうか不安だった。でも、若頭は僕の方に顔を向けた。
「なんだ? 聞きたいことがあるならなんでも聞きなさい」
意外にもおだやかな声でそう言った。
「あの・・・」
そんな声で、かえって僕の声がふるえだした。
「そ、その子の体、どうしたんですか?」
絞り出すようにそう質問した。若頭はにやっと笑った。この質問を待っていたんだ、僕はなぜかそれがわかった。
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