約束
−13−


結局、僕等のなかで誰が負けるのか、それは若頭次第ってことなんだ。それが理解できたから、なにかが変わる訳でもなかった。僕等は若頭の玩具にすぎないってことだ。そんなことはもう十分わかっていた。

僕等に対する責めは続いていた。責め、というのは僕等にとっては、だ。若頭にとってはゲーム。僕等の誰かが脱落するまでのお遊びにすぎない。そんなお遊びに僕等は使われている。竿と玉だけで吊り下げられて、そして巻き上げられて、落とされる。
それは何回も続けられる・・・僕等の中で誰かが負けるまで。50センチからの落下も、もう4回目だった。その間にも、若頭からの質問がある。若頭の気に入った答えをすれば、"ご褒美"として重りが追加される。でも、いい加減に答えることも出来ない。若頭の気に入らない答えだったら、若頭自身が重りとなって、僕等を苦しめる。そんなことを、若頭は笑いながらする。そう、これは若頭に取ってはゲームに過ぎないんだから。

僕の手足にも重りがぶら下がっていた。僕とジャニ系もどきには2キロずつ、イモ系には2キロ足されて6キロになっていた。つまり、僕とジャニ系もどきは1回ずつ、イモ系は今までに合計3回"ご褒美"をもらったってこと。
重りは思ったほど辛くはなかった・・・普通に吊り下げられている間は。でも、巻き上げられて落とされたときに、2キロの重りがきついんだってことがわかった。次に50センチ落とされたとき、玉を締め付けていたワイヤーがぎゅっときつくなった。ちぎれる、その恐怖が僕を襲った。
「うわあぁ!」
こういう本当に痛いときや本当に怖いときには、まともな言葉は出てこないってことを知った。ぎゅっと締め付けられて、ちぎれそうな痛みを感じながら、それでも他の2人の様子も気になる。僕は頭を巡らせて、少し涙がにじんだ目で二人を見た。他の二人も同じようなものだった。いや・・・
イモ系の体が股間を中止にゆっくりと回っている。そして、その股間からは血が流れていた。お尻の穴の回りには黒く乾いた血のあとがある。それとは違う血・・・ワイヤーがイモ系の股間に食い込んでいた。イモ系の顔には汗が浮かんでいた。脂汗だってすぐにわかった。でも、イモ系は気を失っていない。こんな状態になったら、気を失った方が楽なんじゃないか、他人事のように僕は思った。でも、すぐに他人事じゃなくなる。
「お前ら、感心だな。こんなに楽しませてくれるとは」
若頭が言う。
「じゃ、次」
ワイヤーが巻き上げられるのを感じる。
(また来る!)
そう思った瞬間、体が落ちた。
「ぐっ!」
しかし、痛みが来ると同時にまた巻き上げられる。そして、また落下。
「くっ」
またすぐに巻き上げられて落下。その繰り返しだった。股間にワイヤーが食い込む。イモ系の股間を思い出した。僕の股間もイモ系と同じようにワイヤーが食い込んでいるんだろうか、そして、皮膚が破れて血が出てるんだろうか・・・
自分で頭をあげて股間を見てみる気にはならなかった。そんなことをしたら、自分で自分の股間を責めるようなものだ。体のバランスが崩れてゆらゆらと揺れることになる。その度に股間を締め付ける痛みが来るはずだ。それに・・・
「ぐはっ」
巻き上げられて、落とされて、また巻き上げられて・・・それはまだ続いている。そんな最中にそんなことを考える余裕もなかった。
自分の股間がどうなっているのか気にしながら、僕はそれに耐えた。
それは10回続いた。

その最後の落下の時だった。
「た・・・・たす・・・けて」
ジャニ系もどきがそうつぶやいた。大きな声じゃなかったけど、はっきりそう聞こえた。

"助けて"、それはNGワードだった。

若頭にもその言葉は聞こえたんだろう。若頭はジャニ系もどきのほうを見た。そして、笑った。
「次だ」
でも、若頭はそう言っただけだった。
そう言って、僕のほうをちらりと見ただけだった。


確かに若頭はジャニ系もどきがNGワードを言ったのに気が付いていた。さっきはイモ系が気を失ったことにも気が付いていた。それなのに・・・
"勝負をおもしろくするために、ときどきルールを忘れたり、あるいは変更することもある"、そう言っていた。だから、イモ系やジャニ系もどきのことを見て見ぬ振りをしたんだろうか・・・
じゃ、もし僕が気を失ったりしても・・・
(違う)
心の中で僕はそう反論した。
(僕なんだ)
この勝負、若頭は僕の負けにして終わらせるつもりなんだ。だから、イモ系やジャニ系もどきのことを見て見ぬ振りをしたんだ。僕は朝食の時にみんなの前で犯された。坊主にされて、がんばれよって声をかけられた。そんなの、僕しかいない。つまり、僕が今回の玩具なんだってことだ。
「い・・・」
嫌だって言葉が口から出かけたのをなんとか飲み込んだ。"いや"も確かNGワードだったと思う。僕がNGワードを言ったら、たぶん、そのとたん若頭はにやっと笑って第2回戦の終わりを宣言するだろう。そして、あの刑事の息子のように僕はいたぶられ、殺される。絶対に僕は負けない、そう心に決めた。

でも・・・

「もうちょっと上げてみるか。10回な」
若頭の声がした。僕はその声の方を見た。若頭は僕を見ていた。次の獲物である、僕のほうを見ていた若頭と目が合った。さっき心に決めたはずなのに、その気持ちが揺らいだ。僕はこの勝負に負けるまで、どんな目に会うんだろう・・・どうせ僕が負けることが決まってるのなら、早く負けたほうが多少はひどい目に会わなくて済むんじゃないだろうか、そんなことが頭の中をぐるぐる走り回る。
その間に、ワイヤーは巻き上げられていた。
また、巻き上げと落下の繰り返しだ。
「50センチな」
そして、体が落ちた。

(10回は持たないかな)
たぶん、3回目くらいでそう思った。意識が朦朧としている。股間にワイヤーが食い込んでいた。もう、それはワイヤーという感触じゃなくて、ナイフかなにかで切りつけられているという感じだった。1回落ちるごとに目の前に闇が迫ってくる。そして、それは回を追うごとに暗く、濃くなっていく。
(もう・・・だめ)
何回目かに体が落ちた瞬間、そう思った。次に落ちたとき、気を失うか・・・そうならなかったとしても、もうNGワードを言ってしまうだろうと思った。
僕は、覚悟を決めた。そして、目をぎゅっとつぶってその時を待った。

その時が来る代わりに、若頭の声がした。
「ここまで辛抱強いと逆につまらんな」
目を開けた。

10回目が終わっていた。僕は命拾いをした・・・んだろうか。
「じゃ、一気に1メートル行くか」
そうじゃなかったと分かった。

ワイヤーがゆっくりと巻き上げられていく。今までよりも時間がかかる。今までの2倍も巻き上げるからってのもあるけど、わざとゆっくりにしているのかも知れない。
「お前ら、ホントにがんばってるな。ちぎれても知らんぞ」
若頭は笑顔でそう言う。やがて、僕等の体が止まる。本当に1メートルなのか、疑問に思うくらいに天井を近く感じた。
「それから、これはプレゼントだ」
若頭がごとっと床に置いた。すぐにわかった。重り。かなり大きい。
「なに、ほんの合計20キロだ。たいしたもんじゃない」
男達が僕等の手足に5キロずつの重りをつけていく。ある意味・・・もう慣れた。僕とジャニ系もどきは22キロ、イモ系は26キロ。もうそんなに大差ないと思う。僕等は1メートルの高さから落とされる。今までの痛みとは、たぶん全然違うんだと思う。20キロの重りがついているから、あるいはついていないからといって、その痛みはたぶん・・・50センチのときの痛みなんて比べ物にならないくらいに痛いんだろうな・・・その痛みがどんなものなのか、想像もできなかった。想像もできないまま、その瞬間を待つしかなかった。

体が宙に浮いた感じがした。落下するまでの時間が妙に長く感じた。
そして、衝撃が来た。

その衝撃はまず腰に来た。腰の骨がごきっと大きな音をたてた気がする。でも、そんなことなんかどうでもいいと思うような痛み・・・ワイヤーが食い込む痛みもあった。でも、そんなものは大したことはなかった。内蔵を引きずり出される感じというか、引っこ抜かれる感じというか・・・ちぎれるとか切れるとか、そういう痛みとは全然違う痛みが全身を襲った。声なんか出ない。いや、出ていたのかもしれないけど・・・
目の前が暗くなった。
(ためだ、気を失うな!)
心の中で叫んでも、その声が届かない感じだった。
僕の手の届かないところで、意識が消えていく・・・そんな感じ。ゆっくり時間をかけて、少しずつ暗くなっている。
(本当は、一瞬なんだろうな)
そんなことを思う。口が開き、手足に力が入って、そしてその力が抜ける。
(だめだって・・・)
でも、真っ暗になった。

僕は気を失うんだ。
気を失いながら、それがわかった。


まず最初に感じたのは、体が焼けるよう熱さだった。
それが徐々に痛みに変わる。その痛みは股間を中心にして、下半身全体に広がっていく。
腰と背中の痛み。
そして、若頭の声。
「第2回戦、ようやく勝負がついたな」
僕の頭のすぐ横で若頭の声がした。体中の痛みの中で、僕はその声をぼんやりと聞いていた。

なぜか涼君の顔が浮かんだ。

      


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