約束
−14−


「第2回戦、ようやく勝負がついたな」
僕の頭のすぐ横で若頭の声がした。体中の痛みの中で、僕はその声をぼんやりと聞いていた。若頭は僕の横に腰掛けていた。
僕の体は床まで下ろされていた。手足の重りや股間を痛めつけていたワイヤーは外されていた。
「思いの外、楽しませてくれたな」
若頭が僕の横でそう言って笑った。僕は床に横たわったまま、若頭を見上げて力無く笑顔を返した。
「さて、第2回戦の結果だが・・・」
そして、僕はようやく気が付いた。
僕は床に横たわっている。僕の横には若頭がいる。若頭は腰掛けている。でも、そこはイモ系がいるはずの場所だった。
「さっきので3人とも気を失った。そこでルールを変更した」
ジャニ系もどきの方を見てみる。ジャニ系もどきは僕と同じようにそこに横たわっている。反対の方、若頭の足下の方を見てみる。そこには若頭の足しか見えなかった。
ということは、つまり・・・
「ほんのわずかの差だったが・・・」
イモ系は床には横たわっていない。そこには”何か”に腰掛けている若頭の足があるだけだ。僕は少しだけ上を見上げた。若頭が何に腰掛けているのかを確かめるために。
「残念ながら、一番気が付くのが遅かったこいつが敗者だ」
若頭は体を揺らした。まるでブランコにでも腰掛けているように。ただし、そのブランコはイモ系の体だったけど。
イモ系は歯を食いしばっていた。今、自分の体重と26キロの重り、そして若頭の全体重がずっとその股間に加わっている。ワイヤーは皮膚を切り裂き、食い込んでいるはずだった。その苦痛は、想像もできない。
でも、僕はほっとしていた。また勝ち残ったんだ。かすかに、また辛い勝負をさせられる恐怖も感じてはいたが、今は股間がちぎれそうな目にあっているイモ系を見ながら素直に「助かった」と感じていた。
「は、ははっ」
自然と僕の口から乾いた笑い声が出てきた。
「嬉しいか?」
若頭が僕に訊ねた。全く嬉しくなんかなかった。
「はははっ」
でも、笑い声を止めることができなかった。
ほんの少し前、死ぬことを受け入れていた。勝ち残って辛い勝負をさせられるくらいなら、ここで負けて死んだ方がましだと思った瞬間が確かにあった。僕はここで負けさせられる、そう信じたこともあった。でも、生きたいとも思った。死にたくない、まだ生きていたいって。
そして、結局僕は負けなかった。自分が絶対に負けるんだと信じていたあの瞬間、死んだ方がましって思ったあの瞬間、そして、負けなかったことで生き残れることがわかった今、それが笑い声となって出てきた。僕にはその笑い声を押さえることができなかった。

結局、僕等3人は若頭にもてあそばれていただけだった。僕が次の犠牲者として決まっていたわけじゃなかった。ジャニ系もどきが言ったNGワードが聞こえないふりをしたのも、イモ系が気を失ったのに気付かないふりをしたのも、単におもしろくするためのことだったんだ。あれだけ自分が標的にされているんだと感じて恐怖したのが悔しく感じる。あの時、死を覚悟したのに・・・死なずにすんだことをよかったと思うべきなのか、それともそうじゃないのか、分からなかった。分からなかったけど、なぜか笑っている僕の目から涙がこぼれていた。それに気がついた時、僕の笑い声は止まった。
「なぜ泣く?」
イモ系の体に座ったまま、若頭が僕に聞いた。
「わかりません。わからないけど・・・」
僕はそれ以上何も言えなかった。何を言うつもりだったのか、自分でも分からない。
「ふん、まあいいだろう」
そして、若頭はイモ系の体から降りた。
「助けて・・・」
イモ系が小さくつぶやいた。
(もうNGワードは関係なしか・・・)
僕はそんなことを思った。
そんな僕の左腕を誰かが触った。ジャニ系もどきだった。僕は右手でジャニ系もどきの手を握る。なぜそんなことをしたのか分からないけど・・・


「さて、お楽しみの罰ゲームだ。その前に」
若頭が亮さんの方を見て頷いた。亮さんがイモ系に近づく。イモ系の体も床に下ろされる。亮さんはイモ系の股間のワイヤーをはずし、脱脂綿でその部分を拭う。脱脂綿が赤く染まる。それを見て、僕は少し体を起こして自分の股間をのぞき込んだ。
「うわ・・・」
竿と玉がすでに真っ赤になって腫れていた。
「ああ、それね」
亮さんがこっちを見ていた。
「もっと腫れあがると思うよ。しばらくはかなり痛むし熱も出るだろうから覚悟しておけよ」
笑顔でそんなことを言う。
「多少の治療や痛み止めは出してやるから、まぁ、そんなに心配しなくていいよ」
そう言いながら、亮さんはイモ系の股間で何かしている。きっと、1回戦のときと同じように、罰ゲームの前に治療しているだろう。ある程度治療して、意識とかはっきりさせてから、あんな罰ゲームをするんだ・・・
亮さんは僕とジャニ系もどきの玉にもなにか注射した。腫れを押さえる薬とか言ってたけど、僕もジャニ系もどきもすでにテニスボールくらいに玉が腫れ上がっている。竿のほうも、2倍くらいの太さになっている。触らなくても、かなり熱を持っているであろうことは感じていた。
「氷嚢持ってきてください」
亮さんが誰かに言っていた。イモ系の方も、僕等が見ている間にどんどん腫れていく。僕はその様子から目が離せなかった。
「面白いだろ?」
亮さんが僕に言った。僕の返事を待たずに続けた。
「人体の神秘って感じだな」
そして、笑う。
「お前らは薬打っといたからそこまではならないだろうけど・・・あいつはどうかな、スイカくらいになるのかな」
亮さんは、最後にイモ系の腕になにかを注射して、道具を片づけて部屋の隅に戻った。
「すごいもんだな」
若頭がジャニ系もどきに近寄り、その股間をのぞき込んだ。そして、腫れ上がった玉を握った。
「痛っ」
ジャニ系もどきが体を反らした。
「おお、すまんな」
若頭は楽しんでいた。ジャニ系もどきは体を丸めてうめいていた。
「お前の方はどうだ?」
「ひっ」
若頭が僕の方を見る。僕は息を吸い込んだ。
「ふん、冗談だよ」
にっと若頭が笑う。ほっとしたとたんに、僕の股間に激しい痛みが走った、
「あぐっ」
久夫さんがいつの間にか僕の横に跪いて、僕の玉を握っていた。
「ぐあああ」
僕は久夫さんの腕をつかんで、なんとか玉を握っている手をふりほどこうとした。でも、少し体を動かすだけで、股間に強烈な痛みが走る。
「それくらいにしてやれ」
若頭がそう言って、ようやく僕は久夫さんの手から解放された。でも、僕もジャニ系もどきと同じように体を丸めて痛みに耐えていた。
「二人とも、同じような恰好ってのもおもしろいもんだな」
そして、手をこすり合わせながら言った。
「さて、お楽しみの始まりだ」

      


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