約束
−18−


それから数日間、僕等は部屋に監禁された。イモ系が死んだこと、あんな風に最後までいたぶられて殺されたことはショックだった。刑事の孫もたぶん殺された。でも、僕等はそれを見ていない。ビデオで見た光景はどこか現実離れしていた。それに比べて、イモ系は僕等の目の前で殺された。あの音、あの声、あの血のにおい、イモ系の動かない体・・・すべてが現実だった。下半身を血だらけにしながら笑っていた若頭の姿が脳裏に焼き付いていた。
「お前、俺達の仲間に入るか?」
僕は若頭にそう言われて、一瞬、あの人達の仲間になることを考えた。あんな人達の仲間に・・・
死にたいと思った。でも、僕にはなにも出来なかった。。毎日玉と竿の治療をされ、無理矢理食事を取らされるだけだった。
目を閉じるとイモ系が殺されたときの光景が浮かんだ。記憶の中の光景では、真っ赤な血がどくどくとイモ系の体から流れ出ていた。吐き気がした。

普通の生活をしていたこと、普通に学校に行って、友達と話をして、塾に行って、家族で食事して・・・そんなことがもう遠い遠い過去のことに思えた。
夜・・・たぶん夜だと思うけど・・・この窓のない狭い部屋の中でベッドに横たわって目を閉じた。
「涼君・・・」
心の中でつぶやいた。涼君を思うことで、なんとか正気でいられそうな気がした。


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車窓を流れる景色をいつもの通りぼんやりと見つめていた。駅前のロータリーで車に乗り込んでから、もう30分くらい経っただろうか。なぜか小さいときのことを思い出していた。



小さいときから、お父さんは家にいなかった。たまに、僕がいないときに家に来る人、お母さんはその人がお父さんだと言った。でも、その人をお父さんって呼んではいけないって言われていた。
そういうのは当たり前のことだと思っていた。それが普通なんだって思っていた。

僕は月に1回くらい、知り合いのおばさんに預けられて、遊園地とかプールとかで1日を過ごすことがあった。それがどういうことなのか、僕はうすうす分かっていた。お父さんが家に来る日なんだって感づいていた。でも、僕はそれを言わない。言っちゃいけないことなんだって思っていた。お母さんもなにも言わなかった。でも、家に帰ると僕が欲しいと思っていたおもちゃとかが置いてあったりする。誰が置いていったのか、それも分かっていた。でも、僕はなにも言わなかった。お母さんもなにも言わなかった。それが僕の家の暗黙のルールだった。

小さいときはそれでよかったのかも知れない。
でも、ある程度大きくなってくると、なかなかそれで済まなくなってくる。そのことはお母さんが先に切り出した。僕にはお父さんがいないこと、でもお母さんはたまにお父さんに会っていたこと、それが、あの月に1回のあの日だったってこと。そして、僕はその人をお父さんって呼んではいけないってこと・・・
僕はもう分かっているってことをお母さんに言った。お母さんは別に意外そうでもなかった。僕が気が付いているってこと、分かっていたんだろう。

それからは、必要な時には、僕の両親は僕がまだ小さいころに離婚したって話すようになった。でも、そんなことを言わなきゃならないときなんて、実際はほとんどない。誰も、お父さんのことなんか気にしていない。せいぜい、どんな仕事してるのかってことくらいだ。そういうときは、親の仕事って意味で、お母さんがしている仕事のことを、お母さんとは告げずに話した。そして、いつからか、そういうことを話すのが面倒になった。僕は自分の回りに壁を作った。

ちょっとした壁でも、それなりに効果はあった。人付き合いの悪い奴、そんな風に言われているのを知っている。暗いとか、なに考えてるのかわからないとか、その他いろいろ・・・
そんな奴だったら、大抵いじめの対象になるのが普通だ。僕もそうなりかけた時がある。でも、僕をいじめようとした奴が逆に入院する羽目になった。椅子を振り上げて、そいつめがけて振り下ろした僕に、切れると怖い奴って噂が追加された。それ以来、僕のそばに寄って来る奴はいなくなった。

中学に入っても、基本的には変わらなかった。小学校の時のことを知ってる奴がいたし、その"いじめっ子になりそこなった奴"もいたから。でも、少しだけ、僕に干渉する奴も出てきた。僕も少しは大人になったから、そういう奴とはそれなりに上辺だけのつきあいをしてみたりもした。

それは、僕にとってはストレスが溜まるだけのことだった。

そんな時、お母さんから、お父さんが僕に会いたがっているって言われた。今まで一度もお父さんには会ったことがなかった。今更会いたいとも思わなかった。それでも会ってみようという気になったのは・・・会えば何かが変わるかもしれないって思ったからだった。

待ち合わせは駅前のロータリー。向こうは僕の顔を知っている。だから、待ち合わせ時間にロータリーに立っていれば、向こうから見つけてくれるって。
僕の前に1台の黒い車が止まった。
「涼君だね?」
運転席の男の人が、助手席側の窓ガラスを下ろして声をかけてきた。
「そうです」
(この人がお父さん?)
少し想像とは違っていた。お母さんが好きだった人・・・なんとなく、違うような気がした。
「乗って」
僕は言われるまま、車に乗り込んだ。車は滑るように動き出した。


案の定、その人はお父さんとは違っていた。お父さんはある場所で待っている、そこに僕を連れて行くということだった。
少し不安になる。
そんなに長い時間ではなかった。車はホテルに入っていく。エレベータに乗って一番上の階に行く。並んだ扉の一番隅っこの部屋に行く。そこにお父さんがいた。
やっぱり、想像とは違う感じだった。


お父さんとはそれからだいたい月に1回ずつ会うようになった。
少なくとも、僕が思っていた人とは違っていた。いろいろと話を聞く。そして、僕が知らなかったお母さんのことも。
お父さんは、お母さんが好きだったという訳ではないってことも知った。それは、別の女性が好きとか言うことではなくて・・・

そして、僕は今までとは違う世界を知った。
今までとは違う生き方を知った。

そんな時、慎ちゃんと出会った。
塾に途中から入ってきた慎ちゃんの第一印象は、正直、全然覚えていない。僕にとっては、他の大勢のあまりつきあいたくない人の一人に過ぎなかった。そんな慎ちゃんに、本当の僕の一部分を見せるようになるなんて思いもしなかった。
そして、それだけじゃなくて・・・僕は慎ちゃんが好きになっていった。慎ちゃんを僕のものにしたいと思った。

男の人が好きになったきっかけは・・・お父さんだった。ホテルで会っているときに、少しお酒を飲んだお父さんに抱きしめられて、キスされたのが最初だった。その時はなにが起こったのか理解できなかった。冗談とも思った。でも、そのままベッドに押し倒された。そう、お父さんはお母さんが好きだったという訳ではないってこと、それはこういうこと。
僕は逃げだそうとしたけど、背中からがっちりと抱きしめられて、逃げ出せなかった。お父さんはそのままぎゅっと僕を抱きしめた。背中にお父さんの息がかかる。そのとき、僕は妙なことを感じた。今まで僕の人生にはなかった、力強い父親の存在、その父親に抱きしめられるという感触、お母さんとは違った力強さ、無骨さ、そういうものが全部混ざり合ったような感覚・・・僕は体の力を抜いて、お父さんのしたいようにさせてあげた。そして、初めて男の人に抱かれた。

血がつながってる人とした。お母さんには悪いことをしたのかな、そう思った。でも、僕にもお父さんの血が流れていることを強く感じた。お父さんがお母さんを本気で愛せなかったように、僕も女の人に興味がないことをそのとき自覚した。

それからは、お父さんと会うってことの意味が変わった。そして、時々お父さんが連れてくる人・・・僕とほとんど年が変わらない人・・・を相手にするようにもなった。そんな中で、自分が知らなかった自分に気がついた。父と子、その血のつながりの確かな部分を感じた。それが、僕とお父さんの秘密の関係だった。
そんな秘密の関係は、月1回から月2回、そして週1回へと増えていった。

そして、慎ちゃん。
僕はどうしても慎ちゃんを自分のものにしたかった。たとえ、慎ちゃんに嫌われても、僕は慎ちゃんが欲しかった。



ホテルの部屋でお父さんは待っていた。僕が先に切り出した。
「どうなの?」
「まぁ、もうそろそろかな」
会話はそれだけだった。僕はお父さんに抱きついて、その唇にキスをした。


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涼君に会いたいと思った。

      


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