約束
−21−


久夫さんが扉を開いた。その後ろに若頭、ジャニ系もどき、僕、そして一番後ろから亮さんが入る。建物の中は暗かった。狭い通路が先に続いている。通路の脇には、木の板で出来た看板みたいな物とか、いろんな物が立てかけてあり、狭い通路がますます狭くなっている。その間を僕等は歩く。やがて、3段くらいの階段を上がると、少し明るい通路に出る。その通路の何番目かのドアを久夫さんが開く。僕等はそこに入った。
そこは畳が敷いてある、小さな部屋だった。部屋の真ん中にテーブルが一つ置いてある。部屋の壁の1面には、大きな鏡があった。鏡の下は棚になっている。何となく、テレビなんかで見たことがある。
「楽屋?」
僕はなんとなくつぶやいた。
「そうだ」
久夫さんが答えた。
「今日、お前らは観客の前で、ステージに上がってもらう」
久夫さんは、そう言って、棚に置いてあったリモコンを手に取って、上の方に向けてボタンを押した。天井の隅に、モニターが付いていた。その画面が明るくなって、ステージと、客席の一部が映し出された。
「車が停まってたから、もう何人かは来てるはずなんだけどな」
画面の中の客席には、まだ誰も座っていない。
「まだだいぶ時間があるからな」
若頭が言った。
「今日、お前らはなにをするか・・・わかるか?」
僕等の顔を見る。
「けつやられて、吊されて・・・引き裂かれるとか」
ジャニ系もどきがすごいことを言う。
「そ、そんな・・・」
僕は鳥肌がたった。この人達なら、本当にそれをやりかねない。
「お前ら、ほんと、素直というか・・・なぁ」
久夫さんが亮さんと顔を見合わせて笑った。
「大した奴らだ」
若頭も言った。そして、僕の頭をなでる。じょりっとした感触。それを楽しんでいるようだ。
「そんな心配しなくていい」
そして、ジャニ系もどきを僕の横に並んで立たせた。
「今日は、お前ら二人、観客の前で好きなようにセックスしてもらう。それだけだ」
その後は、僕等の反応を待つかのように、しばらく何も言わなかった。沈黙の中、時間が過ぎていく。体は相変わらずじんじんしている。いや、車に乗っていたときよりも、一層その感じが強くなっている。沈黙が、体のうずきをさらに強く感じさせる。僕はその感じに耐えきれなくなって、思ったことをそのまま口にした。
「それだけって・・・そんなわけ・・・」
若頭がにやっと笑う。
「いや、それだけだ。不満か?」
僕の顔を見た。
「もっと・・・なんかさせるつもりでしょ?」
ふうっ・・・と一息ついてから、若頭が答えた。
「信用されてないんだな、俺らは」
そして、3人が笑う。
「本当だ。それだけだ。約束する」
若頭が言った。
「ただし・・・」
(ほらきた)
僕はそう心の中で言った。若頭はそれが聞こえたかのように、僕の顔を見る。
「ステージにはいろんなものが置いてある。ローションはもちろん、ディルド、バイブ、縄、手錠、足かせ、ろうそく、お前の大好きな鞭もな」
僕を見たまま言った。一瞬、ジャニ系もどきの顔がひきつったように思えた。
「それだけじゃない。もっといろいろだ。それを使う、使わないはお前らの自由だ。何をどう使ってもかまわない。ただし、場合によっては俺達が止めに入る場合もある」
「具体的に言えば、いきなり相手を殺そうとか、体を切断しようとしたら止めるけど、ちょっとやそっとの怪我程度なら放っておくってことだ。つまり、俺が治療できる範囲はOKってことだな」
亮さんが言う。
「お前があいつにしたような鞭打ちはOKってことだ。よかったな」
また、若頭が僕の頭をじょりじょりする。ジャニ系もどきの目が僕をにらむ。
「お前は・・・こいつに鞭打ちされたくなかったら、こいつを縛るとかな」
ジャニ系もどきにそう言う。
「縛るって・・・」
ジャニ系もどきがつぶやいた。
「スタッフを呼べば、手助けしてやるぞ。縛る、吊す、その他何でもOKだ」
若頭が僕等二人の顔を交互に見た。
「べつに自分でやらなくてもいい。スタッフに命じて責めさせてもいいって訳だ」
簡単に言えば、僕とジャニ系もどきのセックスというよりも・・・
「つまりは、お前らが自分で、あるいはスタッフを使ってお互いに責め合うってことだ」
若頭が僕が思った通りのことを言う。
「別に責められ合ってもかまわないんだぞ」
亮さんが笑いながら補足する。
「そして、ここからが重要だが・・・そんなお前らを、観客が採点する」
久夫さんが、何かを若頭に手渡す。ゲームのコントローラーみたいな感じだった。AボタンとBボタン、そして三角のボタン。それ以外に10から100まで、10刻みのボタンが10個。その下に小さな画面が一つ。
「これを観客が一人一人持っている。ABボタンでお前らのどっちかを選んで、このボタンで採点する訳だ」
10刻みの数字のボタンが、得点ボタンだ。
「ただし、観客の好みはいろいろだ。ある観客の気に入ることが、他の観客には気に入らない場合もある。気に入らないときは、このボタンと得点ボタンを組み合わせれば、その点数分だけ減点も出来る」
三角ボタンを押したあとに得点ボタンを押せば、その分だけ減点される。
「ハードに責めるのを見るのが好きな観客もいれば、責められるのを見るのが好きな観客もいる。あとはお前ら次第ってわけだ」
それって、運次第ってことなんじゃないか・・・
「一人の持ち点は、人によって違う。最低で一人100点。これをプラスとマイナスにどのように配分するかは観客の自由だ。俺達ももちろん採点に参加する。俺達の持ち点はもっと多いけどな」
若頭が亮さんに合図した。亮さんが鞄を開いた。
「得点は、随時ステージ上のモニターに表示されるから、お前らもそれを見ながらどんなプレイをするか考えればいい」
点の入り方を見て、高得点がねらえるプレイをしろ、そう言っている訳だ。この人達が集めた観客が、高得点を入れるプレイって・・・なんとなく、想像がつく気がした。
「プレイは2時間。終わったときに高得点だった方がこの勝負の勝者、つまりは優勝だ」
亮さんが注射器を準備している。あの薬をまた打たれるんだ。
「今回の勝負、勝者には希望をかなえてやる」
僕等は二人とも顔を上げた。
「家に帰れるんですか?」
僕は思わずそう訊ねた。
「それが希望ならな」
「本当に?」
今度はジャニ系もどきが聞いた。
「本当だ。約束する」
僕も、ジャニ系もどきも少しだけ笑顔になった。でも、すぐに笑顔が消える。
「でも、負けたらどうなるんですか?」
ジャニ系もどきのその質問をする勇気は僕にはなかった。
「まあ、今までの勝負から想像はつくだろう」
僕は、若頭がにやっと笑う顔を想像した。でも、若頭は笑わなかった。
「ついでに言っておくが、得点が1000点以下なら罰ゲームだ」
そして、若頭はそれ以上は何も言わなかった。

僕等は亮さんにあの薬をさらに3本ずつ注射された。
「死にますって。あと1本が限度ってとこですよ」
車の中で亮さんが言っていたことを思い出した。体の奥の方が熱くなってくるのを感じだ。それは今までとは違って、体の内側からじりじりと焦がすような、かきむしりたくなるような熱さだった。

「もう観客も入ってますね」
久夫さんが天井の隅のモニターを見た。
「そろそろ時間だな」
若頭が時計を見る。そして亮さんに合図した。
「じゃ、ショーの始まりだ」
僕等はステージに上がる前に、亮さんに小さいカプセルを飲まされた。それが何かは聞かなかった。何か聞いたところで、どうすることもできないんだから。

そして、ショーが始まった。

      


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