約束
−30−


ステージ上には数人の男と、二人の全裸の少年がいた。少年のうちの一人は立っている。しかし、状況が理解できているのかどうかは怪しかった。ただ、その少年は立っているだけだった。
一方、もう一人の少年はステージに座り込んでいた。体が震えていた。かなりのショックを受けているようだった。
「負けた・・・負けた・・・」
震える声でそう繰り返しつぶやいていた。

「最終戦の結果を発表します」
男の中の一人が告げる。モニターが点灯し、そこに数字が映し出された。僕はそれを見ようともしなかった。どうせ負けたんだから・・・僕が、罰ゲームを受けるんだから・・・
「ほら、顔を上げて見ろ」
若頭に言われて、顔を上げた。目を疑った。
「最終結果は、Aが2850点、Bが950点でした」
若頭がモニターの数字を読み上げる。客席からまばらに拍手が数回起き、消えていく。
(な、なんで・・・)
Aが勝っている。僕が・・・勝ってる?
思わず僕は立ち上がった。なにがなんだか分からなかった。そして、本当に僕がAなのか、ひょっとしたらBじゃないのか、そんな疑問も浮かんだ。
「ぼ、僕はどっちなんですか?」
思わず、大きな声で若頭に詰め寄った。
「お前か・・・」
若頭は再度モニターを確認し、そして、わざとゆっくりと僕の方を向いた。
「お前は・・・・・残念だったな」
また膝の力が抜けていく。
(やっぱり・・・)
「残念ながら、お前の勝ちだ」
若頭がにやっと笑って僕の肩に手を置いた。その瞬間、僕の体は崩れ落ちた。
「約束通り、お前の望みを聞いてやる。何を望む?」
僕はぼんやり考えた。お母さんの顔が思い浮かんだ。僕の家が、僕の部屋が思い浮かんだ。学校、そして塾・・・そして、涼君。
「涼君・・・」
僕は小さな声でつぶやいた。
「そうか。それがお前の望みか」
僕は意識を失いながら、こくんと頷いた。そして・・・






柔らかい感触・・・そして、肌触り。
目が覚めた。
僕はベッドの中にいた。
(ここ・・・)
そのまま、周りを見回す。見覚えのない部屋だった。少し体を起こす。
「っ痛ぅ」
体のあちこちがきしむように痛んだ。目が覚めたとき、あの出来事は全部夢だったんじゃないかって思った。でも、この体の痛み・・・あれは、実際に起きたことなんだ・・・
真っ白なシーツは柔らかく、そしていい匂いがした。僕はその中で全裸のまま眠っていた。
(どこなんだろう)
改めて周りを見回す。広い部屋の、真ん中に近いところの壁際にベッドがある。他にあるのは・・・ドアが2つ。椅子が一つ、ベッドの右脇に置いてある。ベッドの左には大きな窓があった。カーテンは、いかにも柔らかそうな感じだった。外は明るかった。白を基調とした広い部屋とベッド、そしてカーテン。これまでの日々がどうしても夢としか思えなかった。

「目、覚めたんだ?」
窓の方を見ていた僕の後ろから声がした。僕は振り返った。そこに、彼がいた。
「涼・・・君?」
ベッド脇の椅子に、涼君が座っていた。真顔だった涼君が笑顔になった。
「心配してたんだよ、なかなか目を覚まさないしね」
「な、なんで涼君がここにるの?」
なにがなんだか分からなかった。僕はあれからどうなったのか、なぜ、こんな知らないところにいるのか、なんで涼君がここにいるのか・・・
「うれしかったよ、あんなふうに言ってくれて」
それが僕の質問に対する答えなのかどうか、理解出来なかった。僕は涼君の顔を見つめた。すると、涼君はにっこりと微笑んだ。
「言ってくれたよね、僕のことを」
思い出した。意識を失う直前のことだ。僕は・・・若頭の問いかけに頷いた。それは、僕の心からの願いだったのかもしれない。僕は、あの時・・・
「なんで、涼君が知ってるの?」
あの出来事は、まだ本当にあったことだって言い切れる自信がなかった。なのに、なぜ涼君は知っているんだろうか・・・
「わかんない?」
涼君は椅子から立ち上がり、ベッドに腰掛けた。僕は頷く。
「じゃ、わからせてあげるよ」
突然、涼君が僕の頭を押さえた。そして、それを股間に押しつける。左手で僕の頭を押さえて、右手で涼君は竿を取り出し、それを僕の顔に押しつけた。
「しゃぶってよ、あの時みたいに」
かすかな臭いがした。その臭い、僕は知っていた。あの時の臭い・・・
しゃぶっている僕の頭の上で、涼君は言った。
「お父さんからルールは聞いたでしょ?」
(お父さん・・・って?)
一瞬、僕の動きが止まった。涼君は、それを別のことだと思ったようだった。
「一人ずつ持ち点があって、それを気に入った方に入れたり、気に入らない方からマイナスしたりできるって聞かなかった?」
僕はまた頭を動かし始めた。
(涼君のお父さん・・・)
「僕の持ち点は2000点だったからね。初めっから、一番最後に慎ちゃんに1000点入れて、相手から1000点マイナスするって決めてたんだよ」
涼君の竿が、僕の喉を突いた。あの時と同じように・・・僕は勃起していた。
僕の口が、涼君の味と臭いで満たされた。それは、あの時と同じ味と臭いだった。
「おいしい?」
僕はこくっとうなずいた。
「あのときもそう言ってくれたよね」
涼君がうれしそうに言った。
「ね、来て」
僕の手を引いて、ベッドから立ち上がる。僕は涼君に手を引かれるまま、ベッドから降りた。僕は両手で股間を隠そうとした。でも、涼君が僕の手を握って離さない。涼君と、知らない部屋で、全裸で・・・絶対に普通じゃない。でも、涼君は全くいつもと同じだった。さっき、僕にしゃぶらせたことも夢だったような気がする。
涼君は、二つあるドアのうち、窓と反対側にあるドアの前に立った。
「ここ、慎ちゃんと僕の部屋だよ。絶対気に入ると思うよ」
涼君は、着ていたTシャツの首から手を突っ込んで、首から下げていた鍵を取り出した。それをドアノブのところの鍵穴に差し込んで、重そうにドアを開いた。分厚いドアだった。
「さあ、入って」
涼君がドアのところから一歩下がった。僕は、涼君の横を通って、その部屋に入った。


「じゃ、久夫、よろしくな」
若頭は、目の前のテーブルに置かれた大小様々な容器を見ながら言った。
「わかりました。すぐに届けてきます」
久夫は、それらの容器をクーラーボックスのような物に一つずつ入れていく。その中の一つに貼られたラベルに目を留め、その容器を目の高さに持ち上げて若頭に言った。
「『睾丸』・・・こんなものも売れるんですか?」
「まぁ、世の中には人が欲しがらないような物を欲しがる人もいるってことだ」
「そういうもんですかね」
久夫は少しあきれたような声を出す。
「まぁ、それはともかく・・・くれぐれも、新鮮なうちに、な」
「わかってますって」
久夫は若頭に向かって笑顔を見せた。

最後の勝負に負けた少年は、約束通り、この屋敷を出て行こうとしていた。
ただ、その体は生きたまま解体され、今や原形を留めていなかった。少年は、すでに臓器として売買されるだけの物でしかなかった。それが最後の罰ゲームだった。



薄暗く、しめった感じのする部屋には、梁のようなものがたくさんあった。天井には滑車、壁にはロープや縄がぶら下がっている。涼君が明かりのスイッチを入れる。
照らし出されたいろいろな物、その一つ一つをどういうふうに使うのかは、僕にはわからなかった。でも、それらがどういう種類の物なのかは、すぐに理解できた。
「全部、慎ちゃんのために準備したんだよ」
涼君は楽しそうだった。全部、僕のために・・・数え切れないくらいの責め具が全部・・・ほとんど、見たことがないようなものばかりだった。でも、見覚えがあるものもあった。あの刑事の孫や、イモ系や、ジャニ系もどきと一緒に使われた機械とか、ベンチのような物だとか・・・それらが僕のために、その部屋に準備されていた。
「楽しみだね」
呆然としていた僕は、涼君の声で我に返った。
「勃起してないね」
当たり前だ、と思った。さすがに、僕でも・・・
「慎ちゃんらしくないね。薬、する?」
涼君は、また首から下げている鍵を取り出した。それを持って、入り口のドアのすぐわきにあるロッカーに近づく。僕はそれをずっと見つめいていた。ロッカーに鍵を差し込んで扉を開く。中の引き出しから何かを取り出す。それを持って僕のところに戻ってくる。
どきどきしていた。僕は、黙ったまま、涼君に腕を差し出した。
涼君は、慣れた手つきで僕の腕に注射針を突き刺した。中の液体が、僕の体に入ってきた。
「ずっと全裸でいるのも恥ずかしいよね」
注射器を片づけて、ロッカーに鍵をかけてから、涼君は僕に言った。僕は頷いた。
「じゃ・・・これだけ着けてもいいよ」
涼君は、壁にぶら下がっていた首輪を僕に渡した、僕はそれを受け取った。『慎也』って名前が入っていた。僕の首輪・・・僕のための首輪・・・僕は、それを自分で首に付けた。
「やっぱりだ。慎ちゃんによく似合うよ」
涼君が満足そうに言った。
「これからは、ずっと一緒だよ」
涼君が僕の頭をなでる。
「慎ちゃんは僕の物なんだから」
涼君が笑った。一瞬、その笑顔に若頭の、涼君のお父さんの顔が重なった。
「じゃ、どれから始めようか・・・」
涼君が壁の方に近づいた。そして、壁に打ち付けられた釘にひっかけられている鞭を手に取った。
「これでいい?」
笑顔で僕に言った。

薬が効いてきたのか、体が熱かった。どきどきしていた。僕は手を後ろに組んで、涼君の前に立った。
「じゃ、行くよ」
僕は、勃起した竿を突きだした。

      


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